鴻鵠の志なんか知らない

人生無計画ガチ勢の悪あがき

理解以外の一切について

人に何かを伝えるのが俺は苦手だということを、俺は俺の周りの人間に伝えたいんだけど、伝えるのが苦手だから誰にも伝わらない

 

だからこのブログもめちゃくちゃ言葉を選びながら書いている。

あーでも、どうせうまく伝わらないんだろうな

 

だから去年までは開き直って理解されることを諦めていたし、ぶっちゃけ人生それでいいと思ってたけど、最近まずいことになり始めた

研究室でのセミナー発表があるのだ

 

例を出していながらセミナー発表の話をするつもりはない。もっと広い話をする。ただ、最近色々やばいのだ

 

そもそも、他人の理解力や知識がどの程度なのか分からない

一から説明すると時間も手間もかかるし、「1+1=2でしゅよ〜〜〜〜わかりまちゅか〜〜〜〜」みたいなレベルから説明し出したら確実に怒られる

そうおもっていつも千くらいから説明を始めると「君ねえ、もっと細かいところから説明しないといけないよ。相手は何も分からないと思ってやらないと」といわれるのだ。

 

つまり百くらいから説明をすればいいのだけど、その塩梅がわからないという話

 

もう一ついうと、こっちの方がもっと根本的なんだけど、俺がそもそも人に伝えることに興味ないのだ

俺のやってることなんて誰にもわからなくていいよ

イキリとかじゃなくて本当にそう思う

 

他人に理解されて、何かしらのアドバイスを(きっとその人は善意から)くれる人もいるけど、俺はそれが我慢できない

人のアドバイスで一瞬で理解するより100000年かかってもいいから自分だけでやりたい

その結果、人に質問できない

という欠陥をかかえることになってもう100000000年くらい経つ

 

ああ、またダメだ100000000年くらい経つとか適当な話をしだした。いつもこうなるんだ、人に理解されることをもう拒んでるといっていい、話の構成もめちゃくちゃだし

 

大体、こんなメタなこといいだして話を曖昧にしようとしてる魂胆が見え見えだし「魂胆が見え見え」とか言い出すのもだめだ。こういう自意識がもうダメだ

 

もうだめだ